三田光一による剛健質素の念写

  大正7年8月11日の午前、兵庫県尼ケ崎市の高等女学校が主催者となり同校講党で念写実験が行われた。見物人は同校女生と来賓300名であり福来博も出席した。 この日の司会者である中馬病院長中馬興丸氏は来賓と協議 の上で次の事項をとりさめた。

@講堂最後部にテーブルをすえ主催者側より提出されたロールフィルムをおくこと。
A市長の桜井忠剛氏をフルムの監督者とすること。
B念写は巻いたままのフィルムに行うこと。
Cフルムの現像は尼ヶ崎の写真師酒井五百次郎に委任すること。
D現像の立会人は桜井忠剛,大塚三郎、福来友吉の三氏とする。
E念写題目は抽籖に依り本講堂額にある剛健質素決定
  三田氏は壇上に登り椅子に腰掛けた。まず4分間の精神統一によりルムの内部を透視して詳しく説明した次に剛健質素文 字白紙に書き写し暫時こ れを凝視した。次に1分40秒の精神統一によテー ブルの上におかれたフィルムに向って念写した酒井氏が 現像すると剛健質素(7図)の4文字が鮮かにフィルムに現われた。桜井氏は講堂に帰りその結果を見物人に報告した。

 三田光一による月の背面(月の裏側、月裏)の念写

  昭和6年2月のある日福来博士は三田氏に語た。「月はいつもその同一面を地球に向けているのだからその反対の面は地球上の何人も見ることができない。だが君にはできるであろ う。もし君がそれを見てその形を乾板に写すならその結 果は非常に面白いであろう」。三氏はこれを聞いて決然 として次の如く語た。「大いに面白い、一つやて見ましう」。
 そこで福来博士は次の条件の下で験することを約束した。

@福来博士は昭和6年2月24日午前8時20分に手札形乾板2枚をボール紙製の箱に入れて自宅 (大阪府豊郡面村桜井)二階座敷の床の間におくこと。
A念写の題は月の背面の形。
B三田氏は兵庫須磨にあるその宅で同日8時30分に月の背面の形を透視しそれを2枚の乾板に念写すること。
C念写の終た時即 ち8時30分に福来博士は乾板を現像すること。
 以上の条件の下に実験したところ2枚の乾板には図(8図)の像が出現した。三田氏によると大円は月の背面で小点は星で上方の比較的大 きい小点は地球であるとのことである。

 佐佐木所長による月の背面(裏側)念写像と月の衛星画像との比較

 
 

 
 
三田光一による 剛健質素の念写(図7) 三田光一による月の背面の念写(図8)
 

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